04 音がからだを調律してくれる
- エバレット:内田さんの話を聞いて、生まれて初めて、自分の身体の中の血液の流れている音を聞こう、聞きたい、聞こえると思いました。
- 内田:僕も、思考が優位になってしまう時はあるんですが、そんな時に戻るきっかけを与えてくれるのは呼吸ですね。息を吸って、息を止めると、中でエネルギーがまわっているのを感じる。その流れから血流の脈うつのを感じる。音は思考を鎮めて、身体をチューニングしてくれると感じます。それは、「自然界の音」が良い、というようなことではなくて、音そのもの。渋谷の雑踏の中にいても、寺の茶室の中にいても、音は存在します。音が、いつもサポートしてくれてると思うんです。低周波の音はお腹のあたりとリンクしやすい気がするし、鳥の声は頭の辺りで共鳴する。鳥の鳴き声だ、とか、車の音だとか、そういうことは意識せずにチューニングに専念していくと落ち着いてくるんです。音を区別せずに、身体の中に音を通し、ただ聞いて受け入れれば整っていく。そんなツールとして、音を使えばとても人生が豊かになって、心も安定するんじゃないかなって。音からいつも教わっています。
- エバレット:これは禅と同じではないでしょうか。やはり思考を超えている、意識で物事を区別しないで、あらゆるものを聞く。ただ、みる。ただ、感じて、ただ、受け入れる。そうすると、今だけ。大好きな言葉があります。「なかいま」という言葉です。今瞬間の中にある宇宙、無限の感覚。それがやっぱり、座禅で教わることです。そして先ほどおっしゃったように呼吸が大事ですね。丹田での呼吸。
- 内田:クラヴィコードの音を聞くと自然に呼吸が深くなります。
- エバレット:低い音は身体の低いところを刺激する。今日の演奏で音が上がり下がりしていったので、音を通して体内のマッサージになった気がしました。
- 内田:そうなっていたら嬉しい。
ピアノ調律をしているとき、ヒントがいっぱいあります。音楽ではなくてただの振動数と向き合うんですよ。「音を、まずは聴きに行かない」という意識を持つ。音は向こうから、音速でこちらにやってきている。さっき鐘の音が鳴りましたけれど、部屋にいるか、部屋の外にいるかということは関係なく、音は透過してくる。音は聴きに行かなくても、待てば良い。
- エバレット:それが座禅でしょうね。
- 内田:音を聴きにいってしまうと、自分の中で音をつくり出してしまう。人間は知らず知らずのうちに、例えば「車の音」を思考で拒否してしまったりする。受け入れる音と拒否する音の境界を無くすために、ただ振動として全ての音を捉え、受け入れるんです。
次の段階として、自分の中を音が通り抜けていく感覚。その状況になると、自分が音によって施術されはじめる。音を受け入れて透過していく意識になった時、身体が熱くなっていく。
- エバレット:22世紀になるとこういう感覚は、当たり前になるだろうと思います。AIが進んで、思考する必要がなくなると、今よりも、感性や感覚で生きていけるんじゃないかな。波動は、最先端の医学として研究されていますから。
- 内田:あと、最近、とても骨や筋肉を意識して演奏も生活もしてるんです。筋肉は、施術をすると一瞬で柔らかくなるけれど、それに対して、骨は変化が少ない部位です。骨と筋肉を剥がしていって、筋肉を観察するとき、筋肉に記憶が宿っているというのがはっきりしてきます。要は、硬くなっているところ、何かしらのしこりが残っているところに響く音を当ててフォーカスしていくと、必ず何かしらの記憶が出てくる。そこに宿ってる記憶やトラウマを浄化する効果は、音にもあると思います。
- エバレット:面白いですね。話を聞いているだけで身体の感覚が変わっていくのを感じます。特に骨の内側、そこに本当に命がある、宿っているという感覚はありますね。
- 内田:丹田の話は先ほども出ましたが、そこに筋肉のエネルギーの流れの出発点がそこにある感じが、すごくするんですよ。丹田の中枢あたりから出てくる気の流れがある。
演奏中に思考的になると、体が硬直してしまうんですけど、もう一度身体に落としていくと柔らかくなってくる。
- エバレット:このような話は、とても重要だと思います。自意識があると丹田は硬くなるし、鳩尾も固まる。丹田と鳩尾の関係は面白い。丹田は命の力。鳩尾、横隔膜は意志の力。
両方がすごく大事なんです。意志の力と命の力を合わせることができたら、息の流れが良くなる。やはり、演奏者が思考に行くと、聴いている人たちも同じようにそうなってしまいますからね。
05 音の小舟に乗って
- エバレット:だからやはり、内田くんは、旅の案内人でしょうね。
- 内田:そう、僕は旅の案内人で、クラヴィーコードが仕事をしてくれる(笑)
そして、僕は運転手でもあります。シルクロードの案内人として、世界中の国々へ。その中で、自分の内面も旅するし、過去の記憶とか、意識の外に行ったりもして。確かに、旅の案内人ですね。
- エバレット:今の時代、みんなの時間軸がどんどん狭くなって、なんだか絞られているように感じるんです。でも、一番の豊かな時は、時間軸が広がっている時。”Deep Time”の感覚が、僕にとっては一番の幸せな時間なんです。歴史も、未来も、遠い昔も同時に感じる「今」の中で、クラヴィコードを聞くときには、このDeep Timeを体感します。
- 内田:Deep timeの中では、自分自身だけではなく、祖先とか、目に見える範囲では表現し難い感情も出てくる。自分以外の何かが喜んでいる感じがします。
- エバレット:床の間はご先祖さんと接する空間ですよね。床の間の天井は、天の世界と繋がっている。一昔前の人間はわかっていた。ご先祖さんを喜ばせることが重要なんです。クラヴィコードの音は効果的な室礼になります。香りや煙、お経、ベルも。
- 内田:実は、僕がクラヴィコードを作るきっかけになったのは、仏教に造詣の深い方からメッセージをもらったことでした。「内田さん、自然と調和する音を探してください。自然と調和する音は神様の音です。」って言われて。どうしたらいいんだろうって、色々やってみてもできなくて。その方がお亡くなりになった後で、クラヴィコードと出会った。あ、これだったら自然と調和ができるって思いました。「神様は、クラヴィコードのように小ささ音を喜ぶ」という感覚は、その話とリンクするし、彼の言っていたことが、今ならわかるって気がする。
- エバレット:600年前から現在まで生きてきたクラヴィコードという楽器は、これからの時代に必要な楽器だと思うけれど、今はまだ少し異質なものかもしれませんね。
- 内田:それはすごく感じます。圧倒的にマイノリティだと。
- エバレット:でも、異質なものだからこど、圧倒的な力が生まれるでしょう。
- 内田:最近、日本だけではなくて、海外の方たちに聞いていただいて共感していただけるというのは、変革期にあるなとは思います。
- エバレット:最先端に生きている人たちはディープタイムの重要性をわかっている。たくさん注目を集めた時に内田くんが浴びるであろうエネルギーは、繊細なものではないと思うので、それは課題になってくると思います。
- 内田:自分の身を浄めて、感覚や記憶の旅の案内人ができればと思っています。僕も必ずブレる時があると思うので、エバレットさんには、みていて欲しいです。
- エバレット:今日は、響き合いましたね。おかげさまでとても良い精神状態なんです。
- 内田:音の乗り物で十分旅していけますよね。舟ですね、音の舟。
Profile
Everett Kennedy Brown | エバレット・ケネディ・ブラウン
作家、湿板写真家。
1959年、アメリカ・ワシントンD.Cに生まれ。1988年より日本に定住。元EPA通信社日本支局長。支局長を2012年まで務めた後、ジャーナリストとして日本中を旅し、伝統風俗を学ぶ。
19世紀半ばに開発された湿板写真製版を使用し、作品を発表している。世界の主要メディアや世界各国の博物館、DAVOS世界経済フォーラムのミーティングでも作品が展示された。2013年、文化庁長官賞を受賞。
『失われてゆく日本』(小学館、2018年)や『Japanese Samurai Fashion』(赤々舎出版、2017年)など出版多数。
日本の文化と精神を世界へ発信する活動を続けている。